第2話:春
「人間の真価というのはわからないんだよ、なかなか。土壇場になると思いがけないその人の性格が出てくる。土壇場にならないと、わからない。いざというときになってはじめてわかるものだ、人間の真価というのは。」
池波正太郎(作家)
アルバイトにもようやく慣れてきた頃、4年生の卒業が迫っていた。サークルの部員が減りつつあることと、それに伴ってバイトの要員確保が難しくなるであろうことが、残された部員たちにはプレッシャーとなっていた。
アルバイトのまとめ役は「チーフ」と呼ばれていたが、その4年生は卒業間際のある日、
「サークルを絶対に潰すなよ。ちゃんとR放送のバイトも続けて、Yさんの恩義に報いるんだぞ。」と耳打ちしてきたものだ。僕自身も否応なしに責任を負う側へと組み込まれていた。
話はやや前後するが、4年生から「チーフ」の地位を受け継いだ3年生のN女史から、ある日新しいバイト要員を確保したという話を聞いた。その人は、KさんといってNさんと同じ学科のクラスメートなのだそうだ。Kさんはこの夏から留学するため、お小遣いをためるべくアルバイトを探しているところだったとか。出来る限りサークルのメンバーだけでやっていこうという数ヶ月前合意した取り決めは脆くも崩れた格好だが、そんなことを言っていられないほど状況は切羽詰まっていた。
ともあれ、自分の友達を駆り出してあっさりと難局を打開してしまったNさんの器量に僕はただ感服させられるばかりであった。そして、それと同時に組織は時として有無を言わせぬ独裁者を必要とすることも学ばされたものだった。後になって僕は、この教訓を必要とすることになる。時としてたまらないほどに。
さて、こうしてひとまず危機は去ったが、次なる困難はいつでも待ちかまえているものである。まずは、Nさんをはじめとする新4年生たちが、就職活動のためにあるバイトを続けられなくなってしまった。そして悪いことは重なるもので、僕自身も学校の授業が立て込んできて、アルバイトにいける曜日が一日もなくなってしまったのである。R放送のアルバイトは午後1時半から6時半までなので、午後の授業がないことが働くための条件となる。2年生になったばかりの僕は、どうしてもズラせない必修科目が午後に並んでしまったのだった。
僕としては、ようやく仕事に慣れてきたアルバイトを辞めてしまうことの口惜しさよりもむしろ、これから誰がどうやってあのアルバイトを仕切っていくのかという不安の方が大きかった。
4月のある日、Nさんは僕を呼び、アルバイトのチーフになってくれと切り出した。僕は唖然としてしまった。まさかこの自分にお鉢が回ってくるなんて。
授業があるからバイトに行けないんですよと言うと、
「Kさんが、水野君の授業が終わるまで代わってくれることになっているから大丈夫よ。」
N女史は、自身の就職活動中にも関わらず、最善の策を講じていたのであった。つまり、Kさんはアルバイト代が稼げるし、この僕もお給料が半分になるとはいえ辞めずに済むというわけだ。
大学2年生になった僕はこうして、Kさんと途中交代という変則勤務でアルバイトに臨むことになった。