マッキントッシュ1998.2.20.
1984年、アップル・コンピュータはマッキントッシュ第1号機のコマーシャル・フィルムで、ビッグブルーの愛称を持つIBMを独裁者ビッグブラザーに見たてて「マックがあればジョージ=オーウェルの描いたような世界にはなりません」という刺激的なコピーを放った。
いまや巨大なコンピュータ・メーカーであるにもかかわらず、アップルは昔からの茶目っ気を少しも失っていない。サン・マイクロシステムズの”Java”に対抗して、自社のプログラム環境に”Cocoa”と命名したりする。そしてMacOSに付属する、日本語のテキストを読み上げてくれるソフトの音声には「ひろし」「まさこ」というものがあり、これなどは東京の中心部に住むカップルを意識しているとしか思えない。
昨年8月、そのアップルが「マックワールド・エキスポ・イン・ボストン」に於いてマイクロソフトとの提携を発表し、話題を呼んだ。日本では「買収」と報道され、多くのマックファンを慌てさせたが、マイクロソフトが実際に購入した株式は議決権を持たず(=経営に口を出せない)、そのうえ株式全体の5%程度に過ぎないのだから、これを買収と表現するのにはかなり無理がある。朝日新聞は「マック白旗」と報じたが、彼らは昔、かのスターリンを「子供好きおじいちゃん」と表現したこともあるのだから、このくらいで驚いてはいけない。
朝日に限らず、「マックもついにMSの軍門に下る日が来た」というような論調が多いが、例えば「筑紫哲也ニュース23」では、マックワールド誌の主催であるこのイベントを「マック・ワールドエキスポ」と読み上げるなど、その報道姿勢にはどうしても首を傾げざるを得ない。現在Windowsで定番になっている表計算ソフト「マイクロソフト・エクセル」などはそもそもマッキントッシュ用に開発されたソフトだし、ビル=ゲイツにしても、マックに魅力を感じていなければ、あんなにマックそっくりなGUI*1をもったOS*2をつくる筈がないのだ。
ところで、その提携を発表したスティーブ=ジョブス(アップル創設者のひとり。現在は同社の暫定CEO)は、アップルの新型OS、Mac0S8の登場を期に互換機*3メーカーからライセンスを買い戻す動きに出た。そして、互換機メーカーとして最大手で、買い戻しに最も強硬に反対していたパワー・コンピューティング社を力ずくで買収、これを受けてかモトローラ社は互換機事業からの撤退を表明した。
アップル社はOSと同時にハードウエアも開発せねばならず、互換機メーカーが安価で高性能なマシンでシェアを伸ばしている現在、自社を脅かす相手にOSを供給することは、自分の首を絞めることになってしまうのだ。この点が、ソフトだけをばらまいて利益を上げているマイクロソフトとの大きな違いである。
しかし、アップル純血主義は、必ずしもユーザーの利益になっていないのではないか。事実、マッキントッシュの現行ラインアップは高性能だが高価格なものに移行しつつあるし、アップル1社の寡占状態となれば値下がりもたいして期待できない。こうなると初心者は、値段が高い上に市場のシェアも低いマックをますます敬遠してしまうのではないだろうか。その点は少し気がかりである。
ところで筆者はアルバイト先でWindows 95を使っていた。”95″自体は初めての経験だったが、MacOSに慣れていたおかげで、初めから難なく操作できた。マックはよくフリーズする(システムがダウンしやすい)という悪口も聞くが、Windows 95も負けず劣らずダウンする。これは両方のOSを使ったことのある人間にしか分かるまい。また、こちらに留学してから、Windows 95をあやつる日本人留学生からたびたびトラブル・シューティングを依頼されるのだが、どのトラブルも初心者にはお手上げなものばかりで、筆者には多少の心得があって直りはしたものの、Windowsが決してユーザー・フレンドリーなOSでないことは紛れもない事実だ。
日本にいる頃から感じていたことだが、友人らと話していて不思議なのは、マックに触ったこともない人に限って「えー? マックぅ?」などとマッキントッシュを避けようとすることだ。先に述べたような要因がそのような態度に現れるのだろうが、そういう人は、自分の洋服を選ぶときに試着もせずに買ってしまうものだろうか。パソコンを選ぶのであれば、せめて両方のOSについての最小限の知識は持っているべきではないか。
周囲の雑音や安易な報道に惑わされることなく、自分の眼で見極める姿勢は、たとえパソコンひとつであっても大切なのではないかと思う。
1. GUI(グラフィカル・ユーザ・インターフェイス):コンピュータの複雑なディレクトリ構造をアイコンやフォルダなどで視覚的に捉えやすくしたもの。GUIとマウスを用いた最初の市販コンピュータはアップル社のLisa(1983年)であり、その翌年に登場するMacintoshシリーズでも踏襲された。ちなみにマイクロソフト社製品のGUIが実用化に達するのは’90年代に入ってからのことである。
2. OS(オペレーション・システム):「パソコン用基本ソフト」などと訳される。マイクロソフト社のWindowsとアップル社のMacOSがパソコンの世界を二分しているのが現状。
3. 互換機:「クローン」とも言われる。分かり易く言えば、「本家」と同じ規格でつくられた他メーカー製品のこと。日本で普及しているWindowsパソコンの多くはIBM方式(DOS/V、PC/AT)の互換機であるし、パイオニア社は文字どおり国産のMacintoshクローンメーカーの第一人者として知られている。