第0話:夜明け前に

「”チャレンジすることが大事だ”とか、”努力した過程がいちばん大事なんだ”とか言うけど、そんなのは嘘だと思ってるから。これは高校の時から思ってるよ。遊んでても大学に受かったやつが勝ちだからね。どんなに勉強したって、受からなかったやつはバカらしいってことだからね。」

木村 和(ミュージシャン)


僕は受験戦争の矢面に立たされていた。これまで、しっかり勉強してきたわけでもなく、これといった得意科目もない。
しかも僕は、予備校を毛嫌いしていた。もちろん、予備校という存在自体は悪くないと思うのだが、「OOゼミナールのXX先生の講義を受けていれば大学はバッチリさ」といった雰囲気がどうしてもイヤだった。大学受験というのは、そう簡単にうまくゆくものではあるまいと思っていた。それでも僕は、高3になってからしぶしぶ代々木の某予備校に通い始めたのではあるが、浪人したらその時はその時だと思っていた。

僕は第一志望に上智大学の外国語学部を選んだ。なぜなら、僕は小学校からフランス語を習う機会があったからである。どうせならもう少しフランス語を勉強してもいいのではないかという単純な動機だった。

そんな僕だったから、一次試験をパスすることができたのは幸運としか言いようない。そして2月15日、二次試験が行われた。この日は、午前中に小論文とディクテーション、午後に面接となっていた。

小論文のテーマは、「字幕や同時通訳の発達したこの時代にわざわざ貴重な青春期を費やしてまで外国語を学ぶ理由は何か」というものだった。適当な理由をでっちあげるが、即興はやはりツラい。
ディクテーションは、フランス人のおばさんが適当に雑誌のページをめくり、その場で範囲を決めて文を読み上げていた 。これには驚いた。

午後の面接までの間、ぼんやりと弁当を食べ、時が過ぎるのを待つ。
それにしても、と思った。圧倒的な女性の多さである。12年間男子校で暮らし、女性との接触は殆どと言っていいほどなかった僕にとって、この光景は異常そのものであった。響き渡る黄色い声の狭間で、とり残された想いがする。
面接では何を聞かれるのだろう。そんな疑問が浮かんでは消える。緊張が高まる。心臓の早鐘が止まらない。そうこうしているうち僕の順番になった。
面接室の中に入ると、何もない部屋には金髪の外人男性と、ショートカットの女性の姿があった。

この面接で僕はなぜか、男性からフランス語で質問を浴びせられた。こんなことがあるのかと思った。もっとも、質問は「自己紹介しろ」といった至極初歩的なものだったのではあるが、このガイジンが実は学科長であることを知るのはもっと後のことである。僕は試されていたのだ。
女性からは、「どうせ貴方は受かっても来ないんでしょう。」と、あろうことかケンカを売られたのであった。
この小うるさいババアがいかなる人物かも、この時の僕には知る由もなく、僕はむきになって反論してしまった。よくないクセである。

結局、僕は合格して、晴れて第一志望の大学に入学できることになったのではあるが、しかし、今にして思えばあの面接など、のちに繰り広げられる出来事の、ほんの序章に過ぎなかったのであった……