第1話:どぉなっちゃってんだよ
「女はそういう生きもんであると認知したとするじゃん、僕が自分の中で。そしたら今までの自分の既成概念が違うから『えっ、ほんとかよ!?』っていうことになって。それはヒドいとか悪いとかおかしいとかじゃなくて、自分の既成概念をぶっつぶされるから。でも、ここで問題なのは、世の中には男と女しかいなくって、この関係っていうのは必ず崩れることはあり得ないわけ。だから自分が嫌いだからって女っていう生き物が居なくなるわけじゃないからさ。つねにどんな状況に置かれようと、もう女って生き物の存在っていうのは変わらないわけから、自分の価値観は変わろうとね。だから、そこで葛藤が起きるわけ。」
岡村靖幸(ミュージシャン)
平成7年(1995年)4月、僕は上智大学に入学した。
入試の時から思っていたことではあったが、やはり圧倒的に女性が多い。定員60人のフランス語学科に男子は僅か14人。それでも例年よりは多いらしいが。
僕は、この女子の勢いにおののきつつも嬉しかった。かわいい女の子がいて嬉しくならない奴はどうかしている。
ところで、過去にフランス語を習っていたせいで僕は2年生のクラスに編入させられることになった。ただでさえ人見知りをする僕が、見知らぬ人ばかりのいる教室に放り込まれるという状況はなかなかハードである。
恐る恐る教室に入り、ちょこんと腰掛ける。
ふとまわりを見渡すと、坊主頭の人がいた。驚いた。でも、驚くのは早かった。その人は何と、女性だったのである。
理由はどうあれ、同年代の坊主のひとがいたら少しは驚くものだろう。まして、それが女性であれば……?
しかし、凄かったのはその女性だけではなかった。クラスの雰囲気である。なんと言って表現すべきか、形容に苦しむが、これが女子校なのだと言われれば納得がゆく… そんな雰囲気であった。
例えば…
先生 :「ここは接続法の活用ですねえ…」
学生A:「ねえねえこれって知ってるーっ」
学生B:「去年ナンちゃんとやったよねーっ」
学生C:「覚えてる覚えてるぅーっ」
先生が何か言うたび、こんなムーブメントがあちこちで起こってしまうのである。
確かに、つまらない講義ならば誰でもこんな莫迦らしい話をするかも知れない。しかし、この授業は大教室の講義ではない。この学科は定員60名を2クラスに分けているから、学生はたかだか30人である。せいぜい50人も入れば満杯の小さな教室でこんな騒ぎをおっ始めるのだから、「おい、ナンちゃんって誰だよ?」と思うヒマはない。
僕にとってフランス語は受験の手段でもあったし、そもそも男子校とは異質な存在であって、その環境で育ってきた僕の価値観は、少なからずまわりとズレているのかも知れない。しかし、見境なく自分の好きなことを口に出してそれを肴に騒ぐ。授業はお構いなし。授業は授業で、学科の専門科目の2年目の割には、やっている内容がまるで中学校のようだったし(一概にそう言い切れるわけではないのだが、のちに触れることもあるだろう)、挙げ句に坊主はいる。もう僕には訳が分からなくなっていた。
何なのだ、このクラスは? この環境で4年間を過ごすのか?
しかし、どうせならこの環境を楽しんでみようと思っていたのもまた事実であった。