第2話:エトランゼ

「年をとると、時に自分の力ではどうしようもないこともあるということを悟るものだよ。」

スティーブ・ジョブス(アメリカ人)


ベルギーは、知られているようでその国情はあまり知られていないのではないだろうか。
フランス、オランダ、ドイツ、ルクセンブルクと国境を接する立憲君主制国家で、国土の大きさは四国とほぼ同じ。首都ブリュッセルにはEU、NATOなどの本部が置かれ、欧州内の言わば緩衝地域として、小国ながらその存在価値を高めていると言える。

あまり知られていないことかも知れないが、ベルギー王室とわが国の皇室との親交は深く、現在四谷にある迎賓館を、落成後初めて利用されたのは当時の国王ボードワン1世ご夫妻である。現在は弟君のアルベール2世が王位を継いでいるが、国民の王室に対する畏敬の念は強く、国内で発行されている切手のほとんどは国王陛下の肖像画である。また、15年前浩宮さまが英国のオックスフォード大学に留学されていた折、皇太子ご夫妻(現在の天皇・皇后両陛下)がベルギーを訪問されると、ボードワン国王のご配慮で浩宮さまがブリュッセルに招かれ、久しぶりに親子水入らずのひとときがもたれたのだという。
そんな話を聞いてはいても、所詮は国王のスタンドプレーだろうというのが普通の人の受け止め方ではないだろうか。僕もそんなひとりだった。しかし、その考えは打ち消されることになる。

僕は大学のあるルーヴァン・ラ・ヌーヴという街に落ちついた。アパートを決めるまでは一苦労だったが、綺麗な部屋が見つかって安心した。しかし、困ったことに部屋には家具が殆どなかった。がらんどうの部屋ほど寂しいものもなく、とりあえず、必要最低限の食器や寝具は揃えたものの、冷蔵庫や机のような大きなものを買おうにも運びようがなく、途方に暮れていた。

そんなある日、留学生の歓迎会があり、僕はL君というベルギー人学生を紹介された。L君は日本を始めアジアに興味を持っており、せっかく日本人が来ているのだから仲良くしたいという。そんな話なら大歓迎というわけで、会ってみると彼は180cmを超える長身で、圧倒される思いがした。そして、さらに圧倒されたのが彼の喋るスピードが異常に早いことであった。後になって聞いてみたら、彼は彼で、僕がフランス語を話し、なおかつ彼の話を理解すると言うことに驚愕していたらしいが。

ある日、L君と雑談していて、自分の部屋のことが話題に上り、家具を揃えたいんだけど運べないしねぇと言ったら、その解決策は彼がもたらしてくれた。L君はブリュッセル郊外に大きな家具店があることを教えてくれ、さらには自分の父親に車を運転させて、その店まで連れて行ってくれたのだった。
おかげで欲しいものはわけなく手に入り、
「ご親切にありがとうございました。」とL君の父に礼を言ったら、
「そんなにカタくなることもない。君と知り合えてよかった。」と笑顔で応じたものだった。

僕がこれまで出会ってきたヨーロッパの人間というと、自分本位で思いやりがない性格の持ち主が多かったが、こうした偏見は、ことベルギー人については全く的を得ていないようである。そして、他者への配慮という、人間として当たり前の気持ちが失われてしまったのは、むしろ我が国日本なのではないかと思えてきてならないのであった。