第6話:まばたき
「いつだって、勝ってから肘掛け椅子に座って言うのは簡単なことさ。『いや、危険じゃなかった』なんて言うことはね。」
アラン・プロスト(フランス人)
平成8年4月(1996年)、僕はいつの間にか2年生になっていた。
あっと言う間に1年が過ぎたことに驚きつつ、この環境にすっかり馴染んでいる自分自身にも驚いていた。
ところで、4月初旬の1週間は、「フレッシュマン・ウイーク」といって、各サークルが新入生を勧誘したり、新入生のためのガイダンスが開かれたりする。授業がないから、僕はぶらぶらと構内を歩いていた。すると、去年同じクラスだった学科の先輩たちに出くわした。彼女たちは口々に
「ねえ、水野クン。どうだった? 大丈夫だった?」と聞いてきた。
以前にも触れたように僕は、大学以前にフランス語を習っていた関係で1年生の間2年のクラスに編入されていた。しかし、このクラスで一定の成績を収めないと、もう一度2年生をやりなさいという、かなり厳しい決まりになっている。僕は運良くこの基準をクリアして、この年は3年生の科目を取れるようになったのだが、「大丈夫」とは、基準をクリアしたかどうかということなのだ。
僕が大丈夫だったと答えると、彼女たちは一様に、よかったねーとか、また同じ授業受けるんだねー、と言っては僕の前から消えるのであった。
最初は、ただ好意で僕のことを心配してくれているものだと思っていた。しかし、先輩たちに会うたびに、同じような作り笑いと月並みな社交辞令を浴びせてくるさまを見ているうちに僕は、
「あ、こいつらオレが失敗することを望んでいるんだな」と気づくのにさほど時間を必要とはしなかった。ここは女子校なのだ。
ともあれ、僕の新年度はまだ始まったばかりだった。